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2014年1月








1.30
新しい仕事場の壁に呼び鈴を付けた。
前の仕事場にはなかったから少しうれしかった。





が、しかし・・・。
引っ越し以来十数人の訪問があったというのに、
一度も呼び鈴が押されたことがない。
まるでオレの人生みてえだ。
ありえねえ。





1.29
『死の魅力に一度憑りつかれたら、そこから逃れるのは難しい』
芥川龍之介が、そのようなことを著書で述べていた。
近頃、それが分かるようになった。
もちろん、オレが自死を選ぶことはないと思うが、何かをきっかけにして、ひどい不安に陥ったときなど、身近な所で死への扉が開くのを感じることがある。
開いた扉。その向こう側への誘惑に打ち勝つのは難しい。
扉の向こうにあるものが希望であるならもちろんのこと、たとえ絶望であっても、人はそれを覗かずにはいられない。なぜなら、絶望と希望は常に表裏一体だからだ。まして、死を思う人にとって、それは希望そのものなのである。
自分はそのような扉に興味がないという人がいるかもしれない。おそらくその人は、開かれた扉の存在に気が付いていないのだろう。







1.28
昨年末に縫合した傷がまだ完治しないもので、週に三日ほど病院に通っている。
一回の診察代は安いけれども、週に三度も行けばオレの飲む1本88円の第三のビールが何本も買えるし、いくら家から歩いて行ける場所で、しかも空いているとはいえ、時間的にも結構な負担となる。
もちろんそんなことは先様も承知のようで、若い院長はこちらが恐縮するくらい低姿勢で、すみません明後日また来られますか?と、いうもので、こちらまで何だか申し訳なくなってくる。
その病院のおつりで貰ったのだと思うが、気が付くと財布の中に、おかしな硬貨がある。安物の外貨か、ゲーセンのコインでも掴まされたかと、イラッとしながら良く見ると、長野オリンピックの記念硬貨だった。
誰かが間違えて使ってしまったのだろうか?
珍しいこともあるものだと、近くの知り合いに話したら、彼もまた昨日バイト先で、同じ記念硬貨を何枚か使って買い物をした客がいるといった。
『何度レジに入れてもエラーになるから参ったよ。ああ、使ったのはおばさんだね』
こういう言い方はしたくないが、この町にはいかにも貧しそうな家が点在している。その中の誰かが、生活に困った挙句に使ったのだろうか。
いや、売れないショーセツ家の妄想に違いない。








1.27
マッサージチェアを貰った。
というか、プレゼントされた。
ありがたき幸せであると同時に、見事なまでの分不相応。
破産の危機に瀕しているようには、到底見えねえな。



無理にでも破たん回避を模索すべきか、
あるいは諦めて破たん後に注力すべきか。
マッサージでも受けながら考えよう。





1.26
『ギャラリー・ノベルズ』
物語に整合性が薄い。
読者を驚かせる仕掛けがない。
オチが弱い。
だからカタルシスを得られない。
つまり、そんなところだろう。

もし、もう少しマシな作品が書けて、この短編集が刊行されて、いくらかでも売れたら言ってやる。
『馬鹿馬鹿しい限りだ』と。



隣家の裏にムラサキシキブが植わっている。
その実をメジロが食べに来ていた。
うらやましい。





1.25
『ギャラリー・ノベルズ』に感想を頂いた。ありがたいことです。
でも、予想以上に評価が低い。というか、ぼろぼろ。
うーむ。
ちと悔しいので、二種類考えたラストのうち、辛い方を急遽書き下ろして掲載する。
やっぱ、こっちの方がマシだったかなあ・・・。






  8

 仰向けに空を見上げた。草いきれの中に鉄の匂いがする。相当の衝撃があったのに、不思議なものでどこも痛くなかった。両手も両足も無事に動く。出血している様子もない。
 オレは上半身を起こすと特急列車の方を向いた。車体の前部はホームに掛かっておらず、その向こうで駅員と運転士が小さな子供を介抱していた。
 大丈夫、轢かれてはいない。
 遠目にもはっきりと顔が見えた。サトシではない。ほっとしたような、がっかりしたような気分だった。それでも、助かったのならそれでいい。
 幸い倒れた場所の周囲は背の高い雑草に覆われていて、向こうからオレの姿は見えないようだ。振り返ると、目の前の柵に切れ目があり、その向こうに焼き鳥屋へ続く路地が見えた。良くないと思いつつ、オレは背をかがめながら柵の隙間を抜けると、路地の奥へと駆け込んだ。
 面倒なことに巻き込まれたくないと思ったのは事実だ。しかし、それよりも、オレはどうしてもサトシに会いたくなった。サトシだけではない。妻の顔もしきりに思い出されてならなかった。
 焼き鳥屋の二階に駆け上がると荷物をまとめた。それからカツヒコに電話を掛けた。しかし、なぜか何度かけても繋がらない。すっかり世話になっておきながら黙って帰る訳にもいかない。じりじりしながら三十分ほど待って再び掛けたが結果は同じだった。
 仕方がない。店を出て駅に向かおうとしたときだった。踏切の方へ走るカツヒコの後ろ姿が見えた。列車がおかしな位置に停まっているもので、何があったのか見に行くのだろう。丁度良い。オレはカツヒコの後を追った。
 今来た路地を抜けると、背の高い草の向こうに特急列車の白い車体が見えた。カツヒコはオレが倒れたあたりで立ち止まった。既に何人かの野次馬が集まっていた。
 追いついたオレは、その輪の中に入っていこうとするカツヒコに声を掛けた。
「オレ、やっぱ帰ることにしたよ」
 しかし、カツヒコには聞こえなかったらしい。
「カツヒコ!」
 カツヒコは振り向かない。
「帰ってやり直すんだ」
 手を伸ばして彼の肩を叩こうとした。そのとき、不意に足が地面にめり込んだように感じた。 丁度、泥田に足を取られたような感触だった。 踏み出そうとした足がどうにも動かない。どうしたのだろうと下を見た。
 あるはずの両足がなかった。
 視界の端をカツヒコの青ざめた横顔が通り過ぎた。
「カツヒコ。オレ帰ることにしたんだよ」
 見ると草むらに誰かが倒れている。
「カミさんと息子と一緒にまたやり直すんだ」
 だが、それがもはや無理ななことは明らかだった。
 遠くで踏切の警報機が鳴った。鉄路の中、夏の日差しを浴びて、若い女が寂しそうに立ち尽くしているのが見えた。
「サトシ!」
 不意に息子の名が口を突いて出た。
「サトシ! サトシ!」
 オレは大きな声で息子の名を呼びながら懸命に足を動かそうとした。足を動かして駅に向かおうとした。
 けれども太腿から下を失った両足は、まったく言うことを聞こうとはしなかった。

            了

 

豆屋ワンダーランド。
本棚の斜め対面には神棚がある。
まあ、商品棚とも言う。
その天板に照明器具があるのだけど、
スイッチが見当たらない。
引っ越してきたとき、
確かに点けた記憶があるんだけどなあ・・・。





1.24
今日は暖かくなるという。
今日は暖かくなるという。
今日は暖かくなるという。



ほう。そうかね。





1.23
短編小説を書いている。
ヘンシュ−チョーが短編集を出しましょう、と言ってくださっているのだ。
始めのうちは張り切って書いていた。
が、半分くらい書いたところで筆が止まった。
小説どころではない事態に陥ったのだ。
というのは言い訳で、よーするに才能がないのだ。
才能がないなら努力をすればいいのに、オレときたら人一倍の無精ときたもんだ。
得意なのは言い訳と、カッコつけというテイタラク。
それでも時折、ナントカしなければ! と奮起したりする。
半年前くらいに、久しぶりに一作書いてみた。
このままでは、書き方を忘れてしまいそうだったのだ。
結末を二種類用意し、考えた末に甘い方を採用した。
ダメなら辛い方に書き直せばいいと思ったのだ。
が、ヘンシューチョーの返事はトリツクシマもなかった。
『ダメですね』
書き直す価値もないというのだ。
ナンダカナー。

そのボツ原稿を掲載する。
こんなことをするのは業界広しといえどもオレくらいかもしれない。
さすがオレ様、アホ丸出しだぜ。

限りなく初稿に近いので色々アラはあると思う。
まあご愛嬌だな。


無断転用不可

『ギャラリー・ノベルズ』              宮ノ川 顕

             400字詰め原稿用紙換算枚数52枚

  1

 経営していたちっぽけな事業所が倒産したのは今年の春のことだった。
 忘れもしない良く晴れた月曜の朝だった。
 入口の横に車を横付けした。工場といえば聞こえはいいが、郊外に格安で買った倉庫を改築しただけの粗末な建物である。錆が浮いたトタン屋根は今にも雨漏りがしそうだったし、全ての窓は歪んでいて、開けるのにコツがいる始末だ。それでも、オレにとっては大事な場所であることには違いなかった。
  その日、いつものようにポストから新聞を取り出し、いつものようにデスクの前に腰掛け、いつものように安物のコーヒーを飲んでいた。
 いつもと違ったのは、電話が鳴ったことだ。こんな時間に珍しい。電話の主は取引先のいつもの社員だった。
「困りましたよ」
 ひどく不機嫌そうな声だった。納品した仕事に何かミスでもあったのだろうか。だが、それにしては言い方が妙に遠回しだった。
「夜逃げですよ」
「夜逃げですか」
「参ったなあ……」
「誰がですか?」
「おたくも大変だと思いますよ」
 彼はそういってしばらく黙った。
「まさか……」
 ――社長じゃないですよね。
 言いかけて言葉を呑み込んだ。
 だってそうだろう。唯一無二の取引先なのだ。この先十年も二十年も、ことによったら三十年も四十年も世話になるはずの会社の社長なのである。
「まあ、そういう訳で、納品はしなくていいですから」
 すぐさま本社に駆け付けた。まさかと思ったが、本当のことだった。
 丸一日呆然と過ごし、翌日から、似たような会社を探すと、片っ端から電話を掛けた。
「仕事はありませんか?」
「ないですねえ」
 三十件くらい掛けただろうか。大抵はそのひとことで終わりだった。事情を話すと、中には気の毒そうにしてくれる人もいたが、結果に変わりはなかった。
 三日後から勤めの仕事を探した。しかし、四十過ぎ、資格なし、学歴なし、ついでに腹も出ているし、少し頭頂部も薄くなりかけている、そんな男を雇う会社はなかった。
「どうするのよ」
「何とかする」
 妻にはひとまずそういってはみたものの、どうにもならなかった。
「私も働くしかないかな」
「当たり前だ」
「そんな言い方しなくてもいいじゃない」
 夫婦喧嘩の回数が倍増した。
「このままじゃ破産するしかない」
「嫌よそんなの」
「嫌って言ったって仕方ないじゃないか」
「何とかならないの?」
「じゃあ、お前が何とかしろ」
 もともとあまり仲の良い夫婦ではなかった。オレは仕事ばかりで、妻は子供のことにかかりっきりだった。趣味も違えば価値観も違う。日曜日に家族で出掛けることも滅多になかった。正直、どうしてこんなヤツと結婚してしまったのだろうかと思うことが月に一度は必ずあるくらいだった。
「だから他にも取引先を探した方がいいっていったじゃない」
「忙しくてそれどころじゃなかったんだよ」
「でも、それって言い訳だよね」
「何だその言い方は! お前らを養うのに働いてきたんだぞ」
 夕食時の会話もなくなった。妻は不機嫌そうに押し黙るばかりだったし、オレもまたその顔を見てますます無口になった。
 可哀そうなのは息子のサトシだった。顔を合わせる度に口論する両親。不機嫌な顔。板挟みである。でもオレに息子を顧みるゆとりはなかった。
――サトシには母親がついている。
 そう呟いて自分を納得させるしかなかった。だいたい、それどころではないというのが正直なところだった。
 一ヵ月の間、仕事を探しに探した。だが見つからない。事務所で頭を抱えていると郵便が配達される音がした。請求書だった。それを見たとき、脳の奥で僅かに繋がっていた大事な神経のひとつがプツっと音を立てて切れた。
 その夜。オレは居酒屋で傷害事件を引き起こした。警察署に一晩やっかいになった。次の朝、迎えに来た妻は、オレの顔を見て泣いた。
――離婚だな。
 オレはそのとき、それしかないと思った。妻の実家はそれなりの資産家だ。妻の為にも、サトシの為にもそれが一番いいと思った。
 離婚して破産する。これがオレの結論だった。
 オレは失敗したのだ。失敗した以上、責任を取る。それがオレの美学である。
「他に方法はないの?」
「ない」
「破産は仕方ないとしても、離婚しなくたって……」
「サトシを連れて実家へ帰れ」
「もうちょっと頑張ろうよ」
「おめおめと一緒に暮らせるもんか、みっともねえ。それに決断は早い方がいい」
「でも……」
「決めたことだ」
 喧嘩ばかりしていても、十年も一緒に暮らせば情も移る。しょげ返った顔を見るとさすがに気の毒になった。幼い子供を連れて生きていく不安もあるのだろう。とはいえ、オレはもううんざりだった。オレに頼れる身寄りはない。両親は早くに亡くなったし、親戚付き合いなんてハナからする気がなかった。それでも妻と子供さえどうにかなれば、男一匹どうとでもなる。
「足手まといなんだよ」
 妻はそれを聞いてまた泣いた。気の強い妻が涙を見せるとは正直思わなかった。よほど精神的に追い詰められていたのだろう。
「本当にどうにもならないの?」
「ああ、どうにもならねえ」
 これがオレの親切なのだ。
 妻はそれでも、また一緒に頑張ろうといったが、オレはもうこれ以上頑張るなんてまっぴら御免だといった。
 
  2

 東海道を南に下ったとある駅の駅前に部屋を借りた。
「ワリイなあ」 
「何言ってるんすか、ゴローさんのためなら何だってやりますよ」
 世話をしてくれたのは、高校時代の後輩、カツヒコだった。
「でも、驚きましたよ。奥さんと離婚したんすよね」
「ああ、ワガママばっかいいやがって、たまんねえからよ」
 カツヒコは一瞬分別めいた顔付をしたが、すぐ元に戻っていった。
「そうっすよね。女なんてみんなワガママで、しょーがねえですよね」
 同じ駅雨の商店街にある精肉店がカツヒコの実家だった。そこを継いだというカツヒコには、三人の子供がいるという。元暴走族で、手の付けられない不良だったが、その面影はどこにもない。むしろそんなヤツほど、若くして落ち着くもので、今は毎日餃子を包んだり、コロッケを揚げたりして地道に暮らしているという。
 すっかり寂れてしまった商店街で商売が成り立つのかと思うが、それなりに生きているのだからたいしたものだ。
「まあ、しばらくここでゆっくりしてから先のことを考えましょうよ」
「ああ」
「今夜、歓迎会をしますから」
「おお、ワリイな」
 カツヒコが去ると、急に部屋がしんとなった。高校を卒業して上京したときのことを思い出す。四畳半一間のアパートだった。オレはあのとき一人になった孤独と、一人になった自由の狭間で、これから広がる人生を夢見たものだった。
 あのときより更に少ない荷物を押入れにしまうと、オレは窓を開け放ち、部屋の真ん中に座って外を眺めた。初夏の風が吹き込んでくる。駅に到着した電車が、やがて発車する音が、狭い部屋の中を静かに流れて行った。
 二十数年前とはいえ、かつて自分が住んでいた町である。なのに、まったく知らない場所に来てしまったような気がしてならなかった。
 父親の転勤でこの町に来た。中学三年の終わりの頃だった。父親は流れ者の土木作業員だった。工事が終われば、すぐにまた転勤になるだろうと思っていたら、案の定一年も経たないうちに転勤の話が持ち上がった。
 話を聞いて、オレはすぐさま断った。
 転校はもうたくさんだった。母は既に亡くなっていた。高校を卒業すればどうせひとりで生きていくのだ。このままこの高校に居残るつもりでバイトにも精を出していた。
 あの頃の駅前商店街は、もっと活気に満ちていた。それが今では猫の子一匹通らない。この町を出て長い時間が経った。オレも変わったがこの町も変わってしまった。変わったというより、寂滅に限りなく近づいているようだ。それでも生きていかなければならないのは、この町も、オレも、そしてカツヒコも同じなのだろう。畳の上に寝転ぶと、何もかも嫌になってしまったような気がした。
 
  3

 歓迎会は賑やかな席になった。
「いやあ、ゴローさんが帰って来てくれるなんて」
 ヨシオも、タクヤもうれしそうだった。
「まさか、お前がカタギの仕事をするとは思わなかったよ」
「嫌だなあ、先生」
 当時の担任まで来るとは思わなかった。男子ばかりのひどく荒れた工業高校だった。体育が専門の若い教師は熱血だったが、それだけに生徒との衝突も少なくなかった。
「お前みたいな生徒は、あれからもちょっといないぞ」
 ケンカにも明け暮れたが、それなりに勉強もした。先生はそのことを指しているのだろう。
「先生がいたからですよ」
 お世辞ではない。事実、事業を始めてからというもの、時折りではあるが、当時習った技術や理論が生きる場合があった。
 オレと別れた父は、その後オレの知らない街で事故に巻き込まれて突然亡くなった。
妻とも離婚してしまったし、オレにはもう帰る場所はどこにもなかった。
 だから、事情を知ったカツヒコが、所有する空き店舗を貸してくれるといった時には正直ほっとした。
「かっちゃんの店で焼き鳥屋をやるんですってね。オレ毎日行きますよ」
「おお、頼むぜ」
「オレも行きますよ」
「オレだって」
 まるでコルセットのような衿の学ランに、袴のようなズボンを穿いて、朝から晩までケンカばかりしていたというのに、こうして集まると、どいつもこいつも、あの頃小ばかにしていた中年男になっていた。
「ゴローさんがいなかったら、どうなっていたかと、今でも思うことがありますよ」
「伝説のヤンキーですもんね」
「止めてくれよ」
 苦笑いする他なかった。
 平凡な中年男になったのは、オレもまた同じだった。
「昔の話だよ」
 それでも、その頃の自分が、どこかで今も支えになっていた。柔道もケンカも、とにかく誰にも負けなかった。
「惜しかったよなあ。あのとき県大会に出ていれば優勝間違いなしだったのになあ」
「まあ、オレはいつだって場外ですから」
 担任は柔道部の顧問も兼任していて、オレはそこの部長だった。もちろん部長とは名ばかりで、稽古どころか道場に行くことも滅多になかった。
 その頃、オレの試合場はもっぱら繁華街の路地裏だった。
 父親の転勤を機に、オレの生活は急速に乱れていった。父は酒癖が悪くて、ときどき暴れはしたが、それほど口うるさいこともなかった。それでもひとつ屋根の下に父がいることは、確かにオレの生活の重石となっていた。
 気持ちがのびのびすると、身体にも影響があるのか、一年生の夏休みだけで、十センチ近く背が伸びた。もともと父譲りのがっちりした体格である。運動神経にも自信があったし、その頃は柔道の稽古もきちんとしていた。
 服装が乱れるのを待っていたように、他のクラスの不良が近づいてきた。もともと身体が大きく、相応に声も大きい。ついでに態度もでかいので目立つという訳だ。
「カネ貸してくれよ」
 カツヒコだった。
「イヤだ」
 言下に断ると、翌日呼び出しが来た。
 面倒くさいと思いつつ、放課後、指定された便所に行った。入口にヘラヘラと薄ら笑いを浮かべた二年生らしい男がいて、中に入れといった。薄暗い便所の中には五人ほどいただろうか。カツヒコひとりだと思っていたものだから驚いた。
「コイツですよ」
 カツヒコは先輩だという男に向かって愛想笑いを浮かべた。
「おめえ、近頃調子に乗ってるそうだな」
 何をどう調子に乗っているというのだろう。頭の悪そうな顔をしているが、その通りに悪いに違いない。答えようがないので相手の顔を見たまま黙っていると、脛を蹴られた。
――痛てえ。
 思った瞬間に相手の頬を思い切り張っていた。オレの手はグローブのようにでかくてごつい。妻はそれを見て幸せを掴める手だといったが、結局こんなことにしか使わなかったから、幸福も逃げていったのだろう。
「てめえ!」
 誰かが後ろからオレの髪の毛を掴んだ。
「何だ! このヤロー」 
 その手を掴んで手首をキメた。態勢が崩れたところに払い腰を掛ける。立ち上がったところにラリアットと思ったが、タイル張りの床を見て、思い留まった。後頭部を打ちつければ命にかかわるだろう。その代り両手で胸ぐらを掴むと、高々と持ち上げてやった。
 両方の足が床を離れると同時にYシャツのボタンが弾け飛び、生地が破れる音がした。
「ぶっ殺すぞ」
 相手の目に恐怖の色が浮かぶのを確認してから手を離した。
「なめんじゃねえ」
 呆然としている残りのヤツ等のうち、半分を足払いで転がし、残りを平手打ちにした。
 オレはこんな風に徒党を組む連中が大嫌いだった。ひとりでは何もできない癖に集まると虚勢を張る。
 それからすぐに再度の呼び出しがあった。
 今度は体育館の裏だった。三年生の不良グループだったが結果は同じだった。
 学内に既に敵はなく、夏休みが終わる頃にはすっかり不良グループのリーダーに祭り上げられていた。 
 秋を前にして、髪を金髪にした。カッコに興味はなかったが、カツヒコがそうした方がいいというのでやってみたのだ。カツヒコは手の平を返したように低姿勢になっていた。文化祭に他校のヤンキーが来るという。そのとき黒髪ではハクが付かないというのが彼の言い分だった。連中から自校の生徒を守る。そういえば聞こえはいいが、つまり体の良い乱闘である。
 当日、オレは裏門の守備に当たった。
――連中はいつも裏からっすよ。
 しかし、カツヒコの予言は当たらなかった。
 裏門の陰でタバコをふかしていると、血相を変えてヨシオが走ってきた。聞けば近隣の不良とそのOBまでもが集まってカツヒコ達を取り囲んでいるという。その数百人近くだとヨシオはいった。まさかと思ったがその言葉に嘘はなかった。駆け付けたとき、黒々としたヤンキーの輪が取り囲む中に、血だらけになって倒れているカツヒコがいた。土足で顔を踏みつけられ身動きもできずにいる。腫れ上がった目蓋の隙間からオレ見る目が覗いていた。
―タスケテ。
 それからのことはよく覚えていない。気が付くと足元に見知らぬ数人のヤンキーが倒れていた。我に返って周囲を見つめると、いつの間にオレを取り囲む物騒な輪が少しずつ、でも確実に広がり、やがて拡散していった。
 それ以来、オレは伝説のヤンキーになった。
 とはいえ、それからも小競り合いは頻発し、オレはそのたびに、連中に加勢するために駆け付けたものだった。
 ひどい毎日だったが、それなりに充実していた。
 ケンカに勝つ度、オレ達はこうやって、集まっては騒いだものだった。
 カツヒコの家の裏にある蔵が多かった。そこで、こうして飲んだり食ったり、あるいは吸ったりして、朝まで過ごしたものだった。
「ゴローさん、どうしたんすか。しんみりしちゃって」
「ああ」
 ふと、場がしんと静まって、赤ら顔の中年男達がオレを見ていた。
「悪いな、みんな」
 こんなことを言ったのは初めてである。
「何言ってるんすか」
 でも、自分でもどこか、彼らとの距離が出来てしまったことは分かっていた。

  4

 焼き鳥を焼く気にはなかなかなれなかった。
 夕方になるとカツヒコは串に刺した鶏肉を百本ほど持って現れた。生肉ではなく、カツヒコの店で一度焼かれたものだった。その方がオレの負担が少なくて済むだろうというのである。
 小さなカウンターの奥に設置されたガスコンロで温めれば、そのまま客に出せるという訳だ。
 しかし、オレはそんなことすらしたくなかった。いや、やろうとは思うのだが、夕方になり、店の暖簾を出す頃にはすっかりやる気をなくしてしまうのである。
――疲れているんだ。
 オレはそう自分に言い訳したが、必ずしもそれだけでないことは自分が一番よく分かっていた。客の殆どはかつてのヤンキー仲間だった。
「オレがやりますよ」
 カツヒコも自分の店が終わればすぐに来てくれた。
「ゴローさんに焼いて貰ったりしたら申し訳ないっすよ」
「悪いな」
 彼らには彼らの生活があることは分かっていた。でも、オレはどうしても焼き鳥を焼くことができなかった。
 一ヵ月ほどオレはそうして過ごした。同級生や後輩は毎日のように飲みに来てくれた。
 しかし、それも長くは続かなかった。やがて、満席だった席がひとつ空きふたつ空きしたかと思うと、四つあるテーブル席がふたつで足りるようになった。
 当たり前のことがオレには気にくわなった。そこかしこにたむろするヤンキーやら暴走族やらヤクザから、身体を張って連中を守ったのは他でもないこのオレだという自負があった。もちろん昔のことである。それでも頭では理解できても、身体が言うことを聞かなかった。
「焼き鳥くらいおめえらが焼け」
 自分が切り盛りするはずの店だというのに、オレはその日も窓際のテーブルでビールを飲んでいた。
「ゴローさんはワガママだよ」
 言ったのはトシユキだった。確かオレが高校三年のときの一年生だった。顔も名前も良く知っているが、あまり親しく話をした記憶はない。
「いつまでショゲてるんだか知らないけど、オレ達だって忙しいんだよね」
「何だとこのヤロー」
「止めろトシ!」
「だってそうじゃないですか」
「止めろって」
「てめえ、オレを誰だと思ってんだ」
 熱いものが込み上げてきた。
「ゴローさんはそりゃ凄かったよ。オレの憧れだったよ。でも、今のゴローさんはいったいなんだよ。だいたいあれから何年経ってると思ってるんだよ」
 オレが立ち上がると、トシユキも立ち上がった。
「なめんじゃねえ」
 胸ぐらを掴んだ。トシユキは目をそらさなかった。細い目の奥にまだヤンキーの光があった。
 払い腰を掛けようとして止めた。投げ飛ばすのも殴り倒すのも簡単だった。でも、そこまで落ちぶれたくなかった。
「うるせえバカヤロー」
 突き飛ばすと、オレは二階に上がった。
 畳に寝転がり耳をそばだてた。カツヒコが何か言っていたが、それも長くは続かず、やがてドアの開く音がして階下は静かになった。オレはそのまま眠ってしまったらしい。気が付くと遠く終電らしい列車が走り去る音が聞こえた。

  5

 翌日、オレは昼過ぎまで眠った。事業を始めてからというもの、こんなに眠ったのは久しぶりだった。それまでの疲れが一気に出たのかもしれない。
――カツさんはさあ、弟さんのために、借金してこの店を買って内装も全部直したんだよ。結婚のお祝いだってね。
 トシユキはオレに突き飛ばされ、店を出て行く間際にそういっていた。
 そのことはオレだって知らない訳ではない。カツヒコには申し訳ないと思っている。しかし、どうしても身体がいうことを聞いてくれないのだ。それが甘えであることは何よりもオレがよく分かっていた。
 高校を卒業する頃には、地元のヤクザの組長にも一目置かれる存在になっていた。道を譲らないヤンキーもひとりもいなくなった。ケンカをすることもほとんどなくなった。何しろ顔と名前だけで勝負が決するのだ。あの頃のオレは、まさしく得意の絶頂だった。あれから二十数年を経て、この町は随分変わってしまった。それでも、カツヒコを始め、皆は暖かくオレを迎えてくれた。オレにはそれが、ありがたくもあり苦しくもあった。
 軽く昼食を取ってから焼き鳥屋を出た。
 ここに舞い戻ってきてからというもの、オレはほとんど外に出なかった。用事は駅前のコンビニで何でも済んだし疲れてもいた。何よりそんな気分になれなかった。
 店の鍵を締め、誰にも見られていないのを確認すると、オレは足早にその場を離れた。
 駅から続く細い路地を抜け、線路沿いの道をしばらく歩く。線路が大きく湾曲しているために、向こうにある踏切と、背後にあるホームが良く見えた。かつてと変わらず夏草の匂いが立ち込めていた。
 あの踏切で死亡事故があったのは、オレがこの町を去る数日前のことだった。脱輪した車に列車と衝突したのだ。オレはそのとき同じようにこの道を歩いていた。列車がすぐそこに近づいていた。何とかしなければと思ったが、どうしていいか分からなかった。運転していたのは若い女性だったという。即死だったと、カツヒコがいっていた。オレはその女性を知らないが、なぜか妻の顔が思い出されてならなかった。その人にも子供がいたという。当時はそんなことは考えもしなかったが、それがどれほど心残りだったろうと思うと胸が苦しくなった。
 踏切を渡った先に、夏の日に照らされたアスファルトの道が続いていた。かつては古い街道だったという道を進み、やがて右に折れた先に、かつて暮らしていたアパートがある。ひとまずそれを見て、冷静になろうと考えたのだ。
 小さな畑と古い住宅が立ち並ぶ一角を抜けると、視界が開けた。しかし、そこに懐かしい建物はなかった。木造二階建てのアパートの代わりに、白く小さな今風の家が建っていた。
――壊されてしまったのだ。
 当時からお世辞にも新しいとはいえないアパートだった。考えてみれば無理もない。
 そのまま立ち去ろうとして思い留まった。白い家の定入口に看板が掲げられていた。
『ギャラリー・ノベルズ』
 喫茶店も兼ねているようだ。こんな田舎町にこんな店を構えても誰も客は入らないだろう。
 他に行くあてもない。ドアを開けると案の定がらんとしていた。冷房が効いた空気が肌に気持ち良かった。
「いらっしゃいませ」
 若い女性がカウンターの中にいた。店の左半分が喫茶店で、右半分がギャラリーになっている。建物をずらして建てているようで、ギャラリーの入口は一間ほどだが、うす暗い奥のスペースは十畳くらいはありそうだった。
 狭い店だが余計なものが置いていないからか、窓が広く採ってあるからか、外から見たよりも広く感じられた。
「ビール」
「はい」
「いつ頃からやっているの?」
「お店ですか?」
 コップの水を置くとき、肩まである髪が顔に掛かった。その口調で、この町の出身でないことはすぐに分かった。
「もう随分長い間やっています」
――嘘つけ。
 建物を見ただけで最近の造りだと分かる。長くてせいぜい三年がいいところに違いない。長いと言うのは三十年、四十年やって初めて口にするものだ。
「こんなところでギャラリーなんてやっても、誰も来ないだろ」
「そうでもありませんよ。今日だってあなたが来てくださいました。それに必要な人に見て貰えれば、それでいいですので」
 白い壁に一枚だけ絵が飾ってある。何が描いてあるのか見てやろうと席を立った。
「これだけ?」
「はい、今日のことろは」
 今日のところとはどういう意味だろうか。オレはその言い方が少し気になったが、それよりもその絵の稚拙さに驚かされてしまった。無機質な額の中にあるのは、まったくひどい絵だった。
「素敵な絵でしょ」
 ネームプレートを探したが、それらしきものも見当たらない。
「小学生、いや、幼稚園生が描いたのかな」
「そうですね」
 良くあるサイズの画用紙を縦に使って、真ん中にでかでかと人の顔が描かれていた。黒いクレヨンで引かれた顔の輪郭から、皮膚の肌色が盛大にはみ出している。唇はまるで安物の口紅を塗りたくったように赤く、髪はどこまでも黒い。絵画というにはあまりにオソマツではあったが、その絵は生き生きとして、小さな子供の手に握られたクレヨンが元気に動いている様子が見えるようだった。
「父親像だな」
「ええ」
 画廊の主はオレのテーブルにビールとグラスを置くと、隣に来た。
「描いたのは男の子だろ」
「さあ……」
「なんだ、画廊の主が画家を知らないのか」
 オレは少し意地悪くいったが、若い女は少し笑っただけだった。
「良い絵ですよね」
 店内はエアコンが良く利いていたし、ビールも良く冷えていた。だから、会計を済ませて一歩外に出たときの暑さは身体にこたえた。
 部屋に帰るとカツヒコに電話を入れた。
「悪いけど、今日は休業するから」
「そうすか」
 忙しいらしく、カツヒコは理由も聞なかった。
「大丈夫っすよ」
 怒っているのだろうか。それでも、電話を切る間際に笑ってくれたのが救いだった。
 息子のサトシも、小さな頃、あんな絵を持ち帰ったことがあった。走り去る電車の音を聞きながら、オレはしばらくサトシのことを考えていたが、昼下がりに飲んだビールが身体の隅々に行き渡るのを感じながらやがて眠ってしまった。

  6

 カツヒコが来たのは翌日の昼前だった。
「ゴローさん、具合でも悪いんすか?」
「いや、そうじゃない」
 彼はいつもの口調でいった。それまで迷っていたが、オレはそれで決心が固まった。
「考えたんだけどな」
 そう前置きしてから、カツヒコの顔を見た。歳は取ったが表情はあの頃と変わらない。
「出て行くことにしたよ。悪かったな。できるだけ早くするから、もう少しだけ待ってくれないか」
「なんすか急に。トシの言ったことを気にしてるんすか?」
「いや、そういう訳じゃないけどな」
「トシだって、悪いことしちゃったって、言ってましたよ」
 カツヒコは笑った。でも、オレはその顔が僅かに硬くなったのを見逃さなかった。カツヒコの心中を推し量れないほど、オレは鈍感ではない。
「いつまでも甘えている訳にもいかないだろ」
 カツヒコはもちろん、他の仲間にも迷惑を掛けている自覚はあった。だから、トシを殴らなかったのだ。
「夕方までに、また焼き鳥持ってきますから」
「悪いな」
 オレはカツヒコを制して、悪いけどもう焼き鳥はいらないといった。
 昼飯を簡単に済ませてから、玄関を出た。カツヒコにはカッコいいことを言ったが、今後のことを考えていたら息苦しくなってしまったのだ。
 気が付くと、昨日とまったく同じ道を歩いていた。線路沿いの道をしばらく行ってから、やがて踏切を渡った。昨日は気付かなかったが、途中の畑に大きなヒマワリが咲いていた。
 店に客はいなかった。
「いらっしゃいませ」
 訛りの強いカツヒコの声を聞いたばかりだったためか、女の声が妙に現実離れして聞こえた。
「今日も誰もいないのか」
 オレは、こんなことで商売になるのかと尋ねたが、女は少し微笑んだだけでそれには答えなかった。
 昨日と同じ席に座り昨日と同じビールを頼んだ。見ると、ギャラリーに新しい絵が描けてある。
「良かったら見てくださいね」
 オレの視線に気付いた女が、カウンターの中からいった。
 運動会の絵だった。同じ子供が描いたらしい。こんな年少の子供でも絵に特徴が現れるようだ。幼稚園らしい建物の屋上から、ジャングルジムへと渡された万国旗の一枚一枚に色が塗ってある。もちろん、盛大にはみ出していたが、それでも一生懸命描いた痕跡は充分に察せられた。
 少し神経質な子供かもしれない。オレは絵を見ながらサトシのことを思い出していた。別かれて以来、妻よりも息子のことをよく思い出すのは、自分でも意外だった。
「気に入ってくださったみたいですね」
 帰り際女がいった。
「まあ、子供の絵だな」
 オレは当たり前のことを口にした。昔から情緒に訴えるやり方が好きになれなかった。伝説のヤンキーと呼ばれたくらいだから、美術芸術に対する興味もなければ審美眼もないが、それでも、絵を見て何かを感じる程度の感性は持ち合わせているつもりだ。だからこそ、子供のそれだというだけで感心するような真似はしたくなかった。
 サトシからのメールが届いたのは、翌日のことだった。母親が勤めに出たために、携帯電話を持つことになったと文面にあった。
 小学四年生。もうそんなことができる年齢なのだ。オレはサトシが携帯電話の小さなボタンを押す仕草を想像したが、僅か三か月あまりだというのに、その姿をはっきりと思い浮かべることができなかった。
――あした台団地というところに引っ越しました。
 実家にいれば仕事になど出なくても済むだろうに。オレはその行為をたくましく思うと共に、少し苦々しく感じた。オレと違って、サトシは背も小さく身体も弱い。妻は息子に転校という負担を掛けたくなかったのかもしれない。
 オレはしばらくその画面を見つめ、返信するべきか悩んでいたが、そのまま見過ごすのも気が引けて『オレは元気だ』と、ひとこと打ち込んでから送信ボタンを押した。そっけないとは思ったが、親権は母親にある。オレはできるだけ関わらない方がいいと思ったのだ。
 午前中に隣駅にあるハローワークに行く日が続いた。しかし、これといった仕事はなかなか見つからない。長い間自営業をしてきたために、人に使われる覚悟がなかなかつかなかった。
 午後はギャラリー・ノベルズに立ち寄った。シャッターを下ろしたままの焼き鳥屋にいるのが辛かった。まずは仕事を決めるのが先決だという意識もあったし、それなしに皆に合わせる顔もなかった。
 ギャラリーには、毎日一枚ずつ絵が増えていった。
「絵が好きなのですね」
「別にそういう訳じゃないよ」
「せっかくだから見ているだけだ」
「そうなんですか……」
「そうだ」
 オレは間髪を入れずにいったが、実際は少し違っていた。
 最初の一枚が幼稚園生が描いたとすると、今日飾ってあるのは小学校低学年それだった。
「書いたのは誰かひとりだよね」
「ええ」
 幼稚園で父親の顔を描き、続いて運動会、それから遠足らしき絵もあったし、クリスマスを描いたものもあった。どれも拙いものばかりだったが、一枚一枚に書き手の喜びや楽しみがにじみ出ているようで、見ていて飽きなかった。
――サトシにもこんな時代があったっけ。
 オレは仕事ばかりしていたから、彼の描いた絵を見たこともなかったが、たぶん、似たような経験を積み、似たような絵を描いてきたのだろう。
「絵には物語があるから」
 いつの間にか隣に立っていた女がいった。
――ケッ!
 若い女の言いそうなことだった。ギャラリーなんてものをするくらいだから、きっとインテリなのだろう。オレは連中のこういう生活臭のない所が嫌いだった。
「私の物語は終わってしまったけれど……」
「何いってんだよ。あんた、まだ充分若いじゃないか」
 この店だっておそらく両親にでも建ててもらったに違いない。たいした苦労をしたように見えないし、おそらくその予感は外れていないだろう。なのに、自分がまるで悲劇の主人公でもあるように装う仕草が、若さからくる一種の自己陶酔のようにオレには思えてならなかった。
「描いているのは、あんたの知り合いなのか?」
「いえ、そういう訳ではありません」
「このあたりの子じゃないよね」
「さあ」
 女は曖昧な返事をした。
 翌日、また訪れると小学校の校庭の絵が掛けられていた。茶色のグランンドの隅に、プールがあり、運動会の練習でもしていたのか、白い楕円の線が引かれている。周囲には桜らしい木が植えられていて、その向こうに一棟のビルが描いてあった。そして、その屋上にある看板に、オレが仕事を貰っていた会社のロゴマークが描かれていたのだ。
「このビルに見覚えがあるんだ」
 いや、灰色の筐体に水色の四角い窓が並んでいるだけのビルである。こんなものはどこにでもあるだろう。屋上の看板も偶然の一致に過ぎない。子会社があるような大きな会社ではないが、かといって、似たようなマークはどこにでもあるものだ。
「そうですか。このビルに……」
 女はオレの隣にやってくると、小さな声で言った。
「いや、錯覚だろう」
 冷房が利き過ぎているのか、汗がすっと引いたような気がした。

  7

 ギャラリー・ノベルズに通い出してから十日ほど経った。毎日ハローワークに通った甲斐があって、住み込みで働ける就職先も三つほど候補が見つかった。
「来週中には出て行くから」
 あとは、どれにするか決めるだけである。カツヒコは止めてくれた。でも、その口調が以前と違っていることは明らかだった。
「迷惑かけたなあ」
「そんなことないっすよ」
 翌日、ハローワクーで書類を作り、帰り際にギャラリーに立ち寄った。
「いらっしゃいませ」
 女は小花柄の半袖のブラウスを着てカウンターの中にいた。
 昨夜、オレはサトシにメールを入れた。少し心配だったが、すぐに返信があった。
――小学校の校庭について、教えてくれないか。
 そして、グラウンドの様子や、プールの位置、はたまた植栽された樹木とその向こうに見えるビルについて、簡単に尋ねた。
 帰ってきた返信は、当たり前のようにその通りだと綴られていた。
――教室の窓から絵を描いたことはあるか?
――あるよ。……
 操作に慣れないようで、着信が遅くやきもきさせられたが、やがて届いたメールは、しっかりした文章だった。今年の春に授業で描いたという。しかし、小学校の校庭なんてどこも似たようなものである。オレは偶然の一致に過ぎないと思った。
 翌日、またギャラリーに行った。いつもの席に座り、いつものようにビールを頼んだ。いつに増して冷房が効いていた。外が一段と暑いからかもしれない。東海地方では真夏日になるだろうとテレビでいっていた。
「いつもありがとうございます」
 女はそんなことをいうと、カウンターの奥に入っていった。
 出されたビールをグラスに注いで一口飲んだ。大きなガラス窓の外に、見慣れた田舎の風景が広がっている。オレは、女が本を読み始めるのを待ってギャラリーへ入った。
 十枚ほどの絵が入口に近い所から順に並んでいた。一枚目は、まだ幼稚園らしき男児が描いた父親の顔で、それから順に、彼の成長に合わせて、運動会、遠足、と続いている。
 オレはそれらを、あらためて横目で見ながら壁伝いに進むと、最後の絵の前で立ち止まった。
――昨日、お父さんの絵を描いたんだ。
 今朝、サトシからのメールにそうあった。
――働く人という題材だったから。
 ギャラリーの一番奥まった所。ピクチャーレールに下げられた照明を浴びて、新しく一枚の絵が飾られていた。それまでの絵と同じ無機質な額の中に、一人の男が描かれている。懐かしい工場の中、作業服を着て、機械の前に立っていたのは確かにオレだった。
「どういうことだ」
 オレはその絵の前に立って、カウンターの中にいるはずの女に向かって怒鳴った。もてあそばれた気分だった。
 壁が邪魔になってここからは女のいる場所が見えない。いったい何のつもりなのだろうか。もし笑っていたら許さない。そんな気分を抱えてギャラリーを出た。
「理由を言え」
 しかし、カウンターの中に女の姿はなかった。店の中をくまなく探したがやはりどこにも見当たらなかった。トイレなら、ギャラリーの入口を横切った場所だから、入ったなら気が付かないはずはない。がらんとした店。窓から差し込む日差しが眩しい。白い壁が更に白く見えた。
 裏口から逃げたのだろうか。入口から外に出た。外は真夏の太陽が照っていた。逃げたとして、その理由は何だろうか。オレは建物の裏に回ると出入り口を探した。しかし、どこにもそのようなものはなかった。
 遠くでセミが鳴いていた。何かひどく現実離れしているような気がしてならなかった。
 いったん店内に入り、しばらく女を待ったが、いつまで待っても女が戻ってくる様子なかった。気の弱そうな若い女性である。オレの怒鳴り声を聞いて怖くなったのかもしれない。なにしろ伝説のヤンキーなのだ。
 また明日にでも来てみればいい。オレは代金をテーブルの上に置いた。
 雲ひとつない空。日差しが照りつける中、来た道を引き返した。踏切を渡り、線路沿いの道を歩く。湾曲した線路の先にプラットホームが見えた。 
 その端にひとりの男の子が立っていた。サトシだった。いや、そんなはずはない。オレは自分がいる場所を妻にも息子にも話していない。あるいは、カツヒコが余計な連絡をしたのだろうか。
 鉄路の間に陽炎が揺れていた。ホームの端に立っているが、電車の写真でも撮りたいのだろうか。オレは少年の姿を良く見た。やはり別人だろうか。
 ホームの両端には屋根がない。真夏の日差しは強烈だ。身体の弱いサトシなら貧血を起こしても不思議ではない。
 オレはギャラリーに飾られた絵を思い出した。その一枚一枚が、サトシの成長を示していると同時に、家族が辿ってきた軌跡を表していた。
――妻と息子の所へ戻ろう。
 ホームの端に立ち尽くす少年を見ながらそう思った。思いながら、なぜこの土地の友人達がオレに親切にしてくれるのか。その理由に改めて考えた。
 あの頃、オレは数えきれないほどのケンカをした。しかし、一度だって自分から殴りかかってことはなかった。絡んできた相手をコテンパンに痛めつけたことはある。あるにはあるが、オレが最も激しく暴れたのは、仲間がひどい目に遭わされたときだった。
 百人ものヤンキーに囲まれ腫れあがった顔でオレを見るカツヒコの姿が目の前に浮かんだ。それがやがて、どうしても離婚するしかないのかといって泣いた妻の顔に替わった。
 オレは伝説のヤンキーでも、家族のヒーローでも何でもない。そんなことはオレ自身が一番良く知っている。ただ、オレは誰かのために何かをすることで生きてきた。それが、いつの間にか自分のために生きるようになっていたのではないか。
 線路沿いの道を急いで歩いた。少年がサトシかどうか一刻も早く確かめたかった。
 ヒマワリの咲いていた場所まで来た。少年の姿が大きくなった。しかしその距離はまだ遠く、サトシのようにも、そうでないようにも見えた。
 サトシであることを願いながら足を速めたとき、少年の姿がぐらりと揺れた。
 貧血でも起こしたのか、少年はそのまま線路に落ちた。
――危ねえ!
 線路沿いの道を駅に向かって走りかけて足を止めた。背後で踏切の警報機が鳴り始めたのだ。ホームに列車を待つ人の姿はない。少年が転落したことに気が付いた者はないだろう。
 踵を返すと、オレは踏切に向かって走った。駅に向う時間はない。それなら踏切の非常ボタンを押そうと考えたのだ。
 二十数年前の踏切事故が思い出されてならなかった。あのとき、間に合わないまでも、オレは踏切に向かって走るべきだった。
 ヒマワリの花を横目で見ながらオレは走った。やがて踏切の向こうに特急列車の先頭が現れた。
 このままでは間に合わない。反射的に柵を飛び越えた。他に方法はなかった。積まれた砕石を崩しながら這うように線路の中に入った。列車の進んでくる正面に立ち大きく両手を振った。
 オレに気が付いた運転士が急ブレーキを掛けたようだ。しかし、通過駅を前にスピードの出た列車は簡単には止まらない。
 少年はきっとサトシだ。サトシが誰かにこの場所を聞いてオレに会いに来たのだ。
 巨大な鉄の塊がみるみる近づき、ブレーキの金属音が鳴り響く。
 白い車体が視界いっぱいに広がった。
 大丈夫、列車は少年の前できっと止まる。オレは役目を充分に果たした。後は逃げるだけだ。なのに足が動かなかった。恐怖が身体の動きを奪った。筋肉が硬直した。
 次の瞬間オレは電車にはねられた。スピードは充分落ちていた。それでも、質量の差は大きかった。斜めにぶつかったオレは線路脇の草むらまで飛ばされた。
 
  8

 たいした怪我でもないのに、検査だといって病院は三日もオレを病室に閉じ込めた。その間に、線路に落ちた子供と、その両親がお見舞いに来てくれた。
 両親は、オレがいなければ轢かれていたと、何度も何度も頭を下げたが、オレは苦笑するしかなかった。その子はサトシとは似ても似つかなかった。何しろ髪の長い女の子だったのだ。
「ゴローさん、電車とタイマン張ったんだって?」
 カツヒコは満面の笑みでいった。
「うるせえ」
「でも、JRもおとがめなしで良かったっすね」
「ああ」
「さすがは伝説のヤンキーっすよ」
「うるせえ」
 まったくカツヒコの言う通りである。思い返しても冷や汗がでる。苦笑いするほかなかった。
「それよりさ、オレ帰ることにしたよ」
「そうすか」
 カツヒコは「それがいいっす」と、いって笑った。
 退院したその日に、荷物をまとめて焼き鳥屋を出た。見送りは全て断った。もし来やがったら全員ぶん殴るといった。
 帰り際に、ギャラリー・ノベルズに寄った。
 ドアを開けると、カウンターの中に中年の女性がいた。見るからに土地のおばさんである。なるほど、夏休みか何かのアルバイトだったのだ。
「彼女は休みか?」
「はあ?」
「若い女の子だよ。アルバイトか何かだろ?」
「そんな子いねえぞ」
 おばさんは方言丸出しでいうと、大口を開けて笑った。
――何いってるんだよ。
「絵を飾ってた子だよ」
 ギャラリーに……。
 言いかけて口を閉ざした。ギャラリーなどどこにもなかった。
「ギャラリー? なんだそれ」
 喫茶店の一角にあったはずのスペースは、ただ古くさいポスターが貼られた壁があるだけだった。
「電車に飛び込んだって、あんただろ?」
――飛び込んだ訳じゃねえ。
「頭でもぶったんじゃねえか?」
――うるせえ。
 ビールを飲んで店を出た。いつもよりずいぶんぬるかったが、オレは文句を言わなかった。
 駅に向かう途中、踏切の前で立ち止まった。線路の脇に白い花が咲いていた。それがオレにはあの女のように思えてならなかった。
――これから帰る。
 妻の携帯電話にメールを送った。
 列車に乗り込んで座席に座ると返信があった。
――待ってます。気を付けて。
 やがて走り出した列車が踏切に差し掛かった。窓の外を見る。見慣れた中年の一団が道に並んでいた。トシユキが頭を下げていた。手を振っているのは先生だ。カツヒコの口が「ゴローさん」と、動いた。
 オレは窓を開けようとした。しかし、二十年を経て、すっかり新しくなった車両の窓の開け方が分からず、ただその姿を茫然と見送るばかりだった。

  了





1.22
髪を切った。
別に失恋した訳ではない。
あたりめえか・・・。
大きめのイワシほどの塊り一個と、短くなった鉛筆ほどのものを一個。
全長20pと、10cmくらいだろうか。
去年の秋くらいから髪の一部にブラシが通らない部分ができた。
無理にブラッシングすると涙が出るほど痛いので、気が付かなかったフリをしながら、無精に無精を重ねた結果、ドレッドヘアのごとく、髪の毛の毛だまりが出来てしまったのである。
毛だまりは、ブラッシングをするたびに、まるで機織りのごとく根本に向かって成長していった。
その速度が髪の伸びるそれより遅ければ良かったのだが、残念ながらそのようなことはなく、ついに頭皮直近に迫るに至り、ついに意を決して切断したという訳だ。
こんなに切ってしまっては、きっと円形脱毛症のようになってしまう。あるいは一部だけザンギリ頭になってしまう、と心配したのだが、ちょっと見ただけでは分からないようで、ひとまずほっとしている。
しかしながら、キツネの尻尾のようにフサフサだったチョンマゲは、小便小僧のチ〇チ〇から排出される液体のように細く短くなってしまった。
痛み、絡み合い、膨張したドレッドヘアがなくなったのに加えて、リンスをしたので、バサバサの髪の毛にも僅かにうるおいがもたらされ、そのために、こじまりとまとまってしまったのだ。
マンガのヒーローは誰も皆ありえねえほど髪の毛が多い。ナルトだって、ドラゴンボールだって、ケンシローだって、明日のジョーだって、島村ジョーだって、皆そうだ。
どこかにハゲのヒーローはいないものかと探しているのだが今の所見つからない。誰か知っていたら教えて欲しいものだ。



ジョウビタキのメス。
ジョウビタキはあまり人を恐れないというが、
この個体もそうだった。
残念ながら肩のあたりにピントがいってしまった。
もし、目に合っていたら、カメラを構えるオレの姿が
瞳に映し出されていただろう。





1.21
クスリが切れた途端、痛風の発作。
どうせ実業の仕事もないので、朝から病院へ行く。
一風変わった医師で、行くといつも何かモノをくれる。
今回はお茶だったもので、これ幸いと、近くにある国分寺の境内にクルマを止めてクスリを飲んだ。
カメラを持って少し境内を散歩。
日差しが温かい。春が近いのだ。



ただし、オレの春が近いとは到底思えない。
もはや自力再建不可能。
能力の限界。
他力本願。
救世主募集中。





1.20
『室温が低すぎます。室温を上げてください』
プリンタの表示。
今朝も寒い。



仕事場の二階に続く階段。
吹き抜けではいくら暖房をしても筒抜けなので、
蓋をするスタイルの扉を造作した。
まるで忍者屋敷だ。





1.19
北関東の寂れた駅前商店街。
目が覚めると雪。
朝から前の家の片付けに行く予定だったが、ひとますキャンセルして近所を散歩した。
この町に移り住んで二か月近く。
来る日も来る日も忙しく過ごしていたが、このあたりで少し休むのもいいだろう。



路地の多い町で、あちこち歩いてみたいのだが、
気を付けないと盗撮と間違われそうだ。




北関東らしく風が強く冷たい。




駐車場ではセキレイが、
ミラーに映った自分に体当たりをしていた。



夕方には灯油を買わなければならない。





1.17
不幸な者にしか小説を書く資格がないとは言わない。オレが必ずしも不幸だとも言わない。
しかし、今の生活が充分に満ち足りているはずなのに、向上心とは別の、たとえば虚栄心のようなものを満たしたいがために筆を執るべきではない。そんな人間の書く物語は、器用に描かれていても、絵画教室に通う有閑マダムの絵のようにおめでたい上に、どこかに厭らしさが漂うものだ。
自らの不幸を見つめられない者が、幸福を求める読者に何かを伝えることなど、できはしない。



もっとも書き手も読み手も、
小説に求めるのは快楽と気休めらしい。
ジブリのアニメをお勧めする。





1.15
ネコは子供が嫌いだと聞いたことがある。
というか、動物は総じて子供が嫌いだという。
子供という生き物が、乱暴で身勝手で飽きっぽいことを知っているためである。
もちろんそうでない子供もいるし、乱暴で身勝手で飽きっぽい大人だってたくさんいる。
けれども、餌を与える経済力も含め、どうしても大人の安心感と安定感は、子供のそれを上回るのだ。
特に身体が小さく、賢い動物ほど、その傾向は強い。
身体が小さければ、ちょっとした力加減の誤りが命の危険に直結するし、賢ければ賢いほど、その危機を前もって察知するからである。
鳥も、小さければ小さいほど、より敏感で繊細である。

いや、そうでもないか。
事実、セキセイインコは、オカメインコに比べて、かなり図々しい。
というか、オカメインコが繊細過ぎるのか。
頼むから庭の作業場のドアを開けただけで、ピーピー鳴くのは止めてくれよ。何のつもりか知らないけど近所メーワクだ。



よくいうところの『終わりの始まり』が、
オレの背後から急速に近づきつつあるように
思えてならない。





1.13
成人式だそうだ。
人に成る式典。
つまり、昨日までは人未満、要するにサル扱いだったが、今日から人として扱ってくれると、高い所から政治家やら行政を牛耳っている奴等が白々しく述べる日という訳だ。
よく、そんな破廉恥な所に首輪、いやネクタイだっけ?なんぞ締めて行く気になるもんだ。
馬鹿馬鹿しい。

同級生に会うためだって?
そんなもん、会いたきゃ自力で会えよ。



北関東の寂れた駅前商店街。
すぐ裏の通りに駄菓子屋がある。
柚子饅頭80円が実に美味い。
こんなオレの所に訪ねて来る人がもしいたら、
きっとご馳走します。





1.12
『自我の崩壊、アメリカとの主従関係、戦争のトラウマ、家族や故郷の変容……これらのテーマから目をそむけた文学者はしょせん二流なのである。』
1月12日朝日新聞『ニュースの本棚』島田雅彦氏の記事より抜粋。

オレも同意する部分がある。
というより、拙作『斬首刀』は、全編これらのテーマを意識し、そして貫いたつもりだ。
もちろん、だからといってオレが一流だとは言わない。表現の未熟を指摘されるなら甘んじて受けてもいい。
しかし、これほどまでに拒否されるのは、正直言って心外だ。純文学のテーマをエンタメの手法で描く。オレのやり方は、エンタメ界からはそっぽを向かれ、純文界からは無視されている。
実につまらない。やる気なんて起きるか。アホ。







1.12
『しょうがない』
オレの大嫌いな言葉。
為政者の誤魔化し。
資本家の手先が使う常套句。
負け犬の言い訳。
小利口の結論。
間抜けの断定。



『しょうがない』で、死ねるか。
死ねるなら死ぬがいい。
もとより生きる価値はない。





1.11
北関東の寂れた駅前商店街。
寒い。
ハンパねえ。







1.10
前の持ち主が扉付きの立派な書棚(食器棚かもしれないが)を二階に置いて行った。重くて階下に運べなかったというのだ。
が、オレ様にかかれば何の問題もない。
なにしろ、ビンボーヒマなし、チカラありなのだ。



こういうのを『ヤキが回った』という。
現役の書き手が自らすることじゃねえ。
終わった証拠と言われても返す言葉がない。





1.9
この家には井戸がふたつある。
豆屋ワンダーランドにある打ち込み井戸(深井戸)。
そして、こちらの掘り抜き井戸(浅井戸)。
深井戸は飲用にも耐える水質だが、こちらの浅井戸は、残念ながらというか、当然というか、汚染されているそうだ。
それでも、散水や洗車、はたまたトイレの水に使う分には何の問題もない。せっかくあるのだから使えるものなら使いたい。
とはいえ、使えるようにするには、それなりのカネと労力とが必用だ。
もし、ここから勢いよく水が出る日が来たとすれば、オレの生活もそれなりに安定した証拠となるだろう。
何年先になるか分からないが、その日が来るのを信じるホーチュンクッキーだぜ。







1.8
日本の家は、部屋を南向きに作ることを良しとしている。
日当たりが良いからだ。
明るい日が差し込むリビングなどは、家を建てるときの最も大きな理想のひとつである。
しかし、その南向きのリビングから見る景色というのは、影の景色なのだという。
庭木の葉が陽光に輝く様子を見ることはできず、飛び交う鳥の姿も、通り過ぎる野良ネコの毛並みも、皆、見えるのは影の部分であり、そして、丹精込めて育てた花壇の花は、どれもリビングに背を向けて咲くというのだ。



なるほど、北向きの窓から見る景色は美しい。
特に良く晴れた冬の日などは、
ありふれた風景でさえ、輝くばかりに見る者を魅了する。

この手の現象をやたら人生に重ねるのは好きではないが、
聞いた時は、書き手として自分が住むの部屋の向きを
思わずにはいられなかった。





1.7
この寒さ。さすが北関東クウォリティ。
そう思って長年過ごしてきた。
が、この地に引っ越してきて考えが変わった。
僅か十数キロ離れただけなのに、こっちの方が明らかに温かいのだ。
夜、ほぼ同じ時刻に、同じ寒暖計で外気温を計ったところ、4℃も高い。
高いといっても、もちろん東京に比べてひどく寒いことには変わりないのだが、それでも、盆地特有の底冷えから比べると随分生活が楽になった。

夕べ、バケツに水を張って、氷の様子を見ることにした。
昨夜は冷えた。
朝、案の定しっかりと氷が張っている。
どのくらいの厚さだろうか。
サンダルの先で、ズクズク突っついてみた。
案外、厚いようだ。
そう思った矢先に氷が割れた。
朝から靴下を濡らしちまったぜ。
ありえねえ。







1.6
北関東の寂れた駅前商店街。
今朝は寒い。







1.5
たぶん2000年頃、初めてのパソコンと一緒に買ったのがSHAPのデジカメだった。35万画素でMPEG4の動画が撮影できる機種だった。
それから、SONY、NIKON、CASIOと、どれも壊れるまで使った。
引っ越しに際して燃えないゴミのコンテナに入れたのを、思い直して引っ張り出し、記念に撮影した。
草創期のデジカメは個性があってどれも面白かった。



今日は夕方から横浜行き。
今はCANONのデジイチを使っているけれども、
夕暮れのベイブリッジを通るときなどは、
コンデジがあれば良かったのにと思うことが多い。
まあ、運転しながらの写真撮影などもってのほかではあるけれど。





1.4
正月などまったくカンケーなく引っ越しの作業に追われている。
それでもようやく仕事場の方のメドが付いた。
だからという訳ではないが、3日の早朝、13人の天狗が棲むという近所の山にクルマで登ってきた。
早起きは嫌いだし、日の出より落日の方が好きなのだが、あいにくこの山は西側の眺望が悪いのである。
まあ、落ちるばかりのオレにとって、それはそれで悪くないのかもしれない。



地平線に雲がかかっていて、
日の出の風景としてはイマイチだった。
それでも、クルマで5分、3kmにも満たない場所で、
駐車場も整備されているのだから、
煙と馬鹿とオレ様にとっては充分な眺望である。





1.3
古いパソコンのセッティングをしている間、ヒマだったもので、自著の評判をネットで調べてしまった。ついでに、同郷であり、似たような時期に乱歩賞でデビューした書き手のことも。



オレの本の感想はボロクソ。
それに比べて、同郷の彼女は、近著二冊が三版になったそうだ。
あーあ、見なきゃよかったぜ。
どーするよ、オレ様。





1.1
小説とは個の発露だ。
作法も様式も何もねえ。
それがオレの結論だ。



頑張って書くなんてちゃんちゃらおかしくて、
正月から鼻血ブーだ。
表現はお勉強じゃねえ。






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